Miyukeyの気まぐれブログ

愛媛県在住のアラフォー主婦です。本、洋画、訪れた場所などの感想を気まぐれに、かつ自由に綴りたいと思います☆笑顔の扉の”key"を見つけられる毎日になることを祈って♪現在は、仕事繁忙期のため月に2回の更新となっていますが、よろしくお願いいたします☆

桜の季節、徒然なるままに

 

突然ですが、桜の花が好きですか?

私は長い間、それほど好きではありませんでした。

私が一番好きな薔薇の花に比べると

どこか華やかさや豪華さに欠ける気がして

物足りないような気になったものです。

加えて、春は花粉症、

肌寒かったり暖かかったりで服装計画が難しいこともあり

積極的にはお花見をしないことが多かったのです。

そんな私が、毎年、お花見に出かけるようになったのは

夫と出会ってから。

夫はお花見が大好きなのです。

あえて桜が、と書かないのは、夫は「花より団子」タイプだから。

つまり、花の下で美味しいお弁当を広げてお酒を飲むのが好きなんですね。

 

 

この16年間、様々な場所で一緒に満開の桜を見上げてきました。

それで、やっと桜の良さもわかってきた気がします。

白じゃない、でもピンクとも言い切れないような淡い色。

風や雨ですぐに散ってしまう儚い薄い花びら。

その一瞬とも思えるほどの短い時を

精一杯咲く、健気で可憐な姿。

桜は、人の一生にも似ていると、

いつも思います。

とても美しい、でもなぜか少し切ない気持ちになるのは

私だけではないはずです。

日本人ほど、この控えめな美を理解できる国民はいないのではないでしょうか。

 

 

 

お花見で好きなのは、

ただ美しく咲く桜だけではありません。

それは、桜の下の人々の笑顔。

赤ちゃんを抱っこした若いご夫婦や駆け回る子どもたち、

手を繋いで花を見上げるカップルから、

杖をついた老夫婦まで。

みんな、花を見上げて、幸せそう。

春が来るということ。

今年も桜の季節が巡ってきた、

ただそれだけで人々の心は明るく照らされるのですね。

ふと、生まれてきた子どもに「さくら」と名付けた旧友のことを

思い出しました。

その当時、若かった私は、少し古風な名前だなぁと感じましたが、

こんなにも人々に愛され、

寒い冬を耐えてきた人の心をぱっと明るく照らせる花は

日本には桜しかない・・・

そう考えれば、大切な娘にこの花の名前をつけた彼女の気持ちが

いまは、はっきりとわかる気がします。

 

 

 

 

大阪に住む母は、よく庭の写真をLineで送ってくれます。

3月末、今年もハナカイドウの蕾がいっぱいついたとメッセージが。

 

ボンボリのような蕾がいっぱい。

 

その数日後。



小鳥さんも、お花見に来たのですって。

 

このハナカイドウは、かれこれ15年も前に

祖母と近くの公園の植木市へ行って買ったものです。

慌ただしく過ぎていく日々・・・この15年でたくさんの変化がありました。

私は結婚して大阪を離れ、祖母は逝きました。

人間の世界は、めまぐるしく変わっていくけれど

木々は、季節が巡れば、また花をつけます。

繰り返される自然のリズムの中で、人間はなんてちっぽけで儚いのかと

思います。

 

ハナカイドウの花は、優しく愛情に溢れた祖母を思い出させてくれます。

幼い頃、花が咲き乱れる庭で、祖母と二人、植物の世話をした思い出も。

そして、遠くに住む私をいつも心にかけ、  

庭の花々の写真を送ってくれる母の気持ちに胸が温かくなります。

今年も春が巡ってきたのですね。

 

 

桜の季節。

私にとっては愛媛で過ごす初めての春です。

雨が多い一週間でしたが、週末はなんとか持ちこたえてくれました。

 

滝の宮公園へ。

丘陵地帯に作られた公園には約1500本の桜が。

 

満開です。

由緒あるお寺や名所に咲き乱れる桜とは比べものになりませんが、

山々を背景に咲く桜は、やっぱり美しい・・・

 

 

 

 

今年は、思いもよらない災害から始まった年でした。

この桜を見たくて、でも見ることが叶わなかった人が、どれほどいるでしょう。

いま、この桜を見上げているということは

何が起こるかわからないこの世に生きる私たちにとって

決して当たり前のことではないのだと思います。

震災で亡くなられた方々、いまも苦しんでいる方々、

世界中で、桜どころではない大変な状況に置かれている方々のために

心からお祈りしたいと思います。

 



最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

今週のお題「外でしたいこと」

 

 

 

<過去記事紹介>

 

miyukey.hatenablog.com

 

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人と人を繋いでくれた詩集「これもすべて同じ一日」銀色夏生の写真詩集

あっという間に3月もあと一週間で終わりです。

今年の桜の開花は平年より早くなるそう。

どこにお花見に行かれますか?

私にとっては、愛媛県で過ごす初めての春。

どんな春の景色に出会えるのか?いまからわくわくしています。

 

 

 

実はいま、実家でブログを書いています。

実家には、学生時代や幼い頃の思い出がいっぱい。

本棚にも、いまは読まなくなったけれど、

捨てるに捨てられない思い出の本がぎっしり。

その本たちとの再会を喜んでいると、雑誌が出てきました。

懐かしい。

24歳の頃、私が投稿した文章が掲載されていたので

捨てられなくて本棚の隅に入れていたのでした。

それは、中学時代に好きだった男の子について書いた文章でした。

住み慣れた街を引っ越すことになり、本棚を整理していた時のことだ。一冊の本が埃をかぶって奥から出てきた。『これもすべて同じ一日』。それは私が初めて好きになった人にプレゼントした本だった。

ひょんなことから二人で会うことになり、その日が偶然にも彼の誕生日だと知っていた私は、なけなしの小遣いをはたいて写真詩集を買った。彼が教室の隅で一人で詩を読んでいるのを、いつも見ていたからだ。震える手で小さな包みを渡した時の、あの胸の高鳴りを覚えている。詩集を袋から出した時に彼がほんの一瞬見せた、はにかんだような笑みも。私たちは黙って公園のベンチで『これもすべて同じ一日』を読んだ。私は詩の意味なんて全然頭に入ってこなかった。彼がこんなに近くにいるという幸福感と、言いたいけれどどうしても喉の奥にひっかかって出てこない言葉のもどかしさとで、それどころじゃなかったから。私はただ、次々に現れてはページの向こうに消えていく風景を、高鳴る鼓動の中で見た。名前も知らない遠い国の海。流れゆく車窓の木々。いつか見たことがあるような懐かしい空の色。

次第に暗くなっていく夕暮れの公園で、そんな美しい写真ばかりが胸に刻みこまれた。結局、彼とはそれきり想いを伝えることもなく卒業し、別々の学校に進学して、もう顔を見かけることもなくなってしまった。彼と同じものを持っていたくて後から買った『これもすべて同じ一日』の本が、ひっそりと本棚に残った。

あれから10年以上の年月が経つ。彼は今、どんな大人になっているのだろう。私は今、あの日と全く変わらない表紙の夜空を眺めながら、淡い昔の恋に想いを馳せている。あの人の本棚にも、まだこの写真詩集が残っているだろうか。そして、何かの折にふとその写真詩集を手にして、はっきりしないはるか遠くの記憶をたぐり寄せ、あの日の私たちのことを想い出してくれるなんてことがあるだろうか。彼はページをめくって、あの日と同じ、池にうつる雲の流れを、風に揺れる花々を、飛び立つ鳥の群れを、そこに見出すだろう。その景色の底に封じこめた、私の切ない思いが息をひそめていることを永遠に知ることもなく。

 

 

 

 

夢見がちな20代でした。

卒業前に女の子からもらった詩集なんて

すぐに無くすか捨てるかして持っていないと考えるのがふつうです。

それを、いまもその詩集をめくっているかも、と感傷にひたるとは。

でも、ちょっと背伸びをして、勇気を出して

詩集を渡した中学時代の自分は、かわいらしいなと感じます。

20代の頃の私は、そのときの自分を覚えておきたくて

文章にして、雑誌に投稿したのだったと思います。

 

「これもすべて同じ一日」。

この本には、他にもいろいろな思い出があります。

日本の詩が大好きな、写真が趣味の留学生が帰国するとき

手渡したのも、この本でした。

教師として、文豪が書いた詩集を渡そうかと思いましたが

「これもすべて同じ一日」という詩集にこめられた

切ないけれど美しい言葉たちと、心に響く写真は

日本の記憶としてとどめておいてほしいものだと感じたからです。

 

また、大学時代、ゼミで知り合った友人宅を訪れたとき、

本棚に銀色夏生の写真集がたくさん並んでいるのを発見して

びっくり。

お互いに同じ詩人が大好きなのだとわかって

嬉しく、二人で盛り上がったのを覚えています。

そのとき、本棚にあった本の中の一冊も「これもすべて同じ一日」でした。

彼女は、いまも大切な大好きな友だちです。

 

そう考えれば、この詩集は、人と人を繋いでくれた

そしてたくさんの思い出が閉じ込められた私の大切な一冊です。

あなたにとっての、そんな一冊は、なんでしょうか?

 

 

そうそう、最近になって、実は中学生の頃に好きだった

男の子のその後を聞く機会があったのです。

そう、あの文章の中に書いたあの男の子のことです。

不思議なことに、ひょんなことで、

その人のことを風の噂で聞きました。

いまは、音楽療法士として世界を股にかけて仕事をしているそうです。

びっくりしたけど、意外ではなかった。

あの頃から、その子は、引き出しが多くて、音楽が大好きで

どこか人を癒すようなところがあったからです。

あの頃の小さな芽が、いまや大きく育って、

人々を支える仕事に繋がっているのだと思うと感慨深いものがありました。

二度と交わることのない違う道を歩んだとしても

人は影響を与え合うものだと思います。

私も、その話を聞いて、自分も頑張ろうという気になりました。

 

 

いつの日も、歩きつづける道の途中で、時々このような形で出会えることを幸福だと思います。(中略)運命なのか偶然なのかわからないけど、みつめあう瞳に感謝します。

【写真詩集】これもすべて同じ一日 (角川文庫) より(裏表紙の著者の言葉)

 

私も、このブログを訪れてくださったあなたも、

人生という旅の途中。

歩き続ける道の途中の、大小さまざまな出会いや幸せ、喜び・・・

日々の中のささやかな感覚や気持ちの揺れを

研ぎ澄まされた言葉で書き留めた銀色夏生さんの詩を読んでいると

こういう「すべて同じだ」と思えるようななんでもない一日の積み重ねが、

どんなに尊く愛しいものか・・・

そして、この一瞬一瞬が、かけがえのない「生」なのだと改めて感じます。

 

こうして、ブログを通して、あなたと、いま、繋がることができたことに

心から感謝します。

今回もお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

新刊

 

 

 

<過去記事紹介>

 

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