Miyukeyの気まぐれブログ

関東在住の30代主婦です。本、洋画、訪れた場所などの感想を気まぐれに、かつ自由に綴りたいと思います☆笑顔の扉の”key"を見つけられる毎日になることを祈って♪

あのころの、私に会えた気がした 井上直久の絵画とわたし

浦和の伊勢丹を歩いていたら、ぱっと目に飛び込んできたのは

懐かしい絵。

イバラードの世界 井上直久版画展

 

 

 

 

用事もそこそこに、7階の美術画廊に足を早めていた。

 

まだ小学生のときのこと。

母が一冊の画集を買って帰って来た。

仕事の帰りに、ギャラリーの前を通ったら

個展をしていて、その絵があまりに美しかったから

私にも見せたくなって買ってきたのだという。

イバラード博物誌

 

それは見たこともないほど不思議な絵だった。

ファンタジックだけど、どこか現実とも繋がっている。

深い青、雲の虹色に惹きこまれる。

海のようで、地上のようで、空のような空間。

神秘的な女性が歩いていて、少女が宙を飛ぶ。

商店街には小惑星ラピュタの卵や、見たこともない夢のかけらのようなものが

並んでいる。

 

「上昇気流」(1990年)<イバラード博物誌

 

 

私は、そのとき、退院したばかりだった。

まだ体調が悪くて、あまり起き上がれなかったけれど、

ベッドの中で、来る日も来る日もページをめくった。

体調だけではなく、精神的にも打ちのめされることが

重なった時期だった。

辛い日々だったけれど、その絵を観ていると

現実じゃない、どこか別のところへ飛んでいける気がした。

自分が生きる世界のどこかに入口があって、

この異次元の世界に行ける気がしたのだ。

 

 

「元気になったら、この先生に絵を習えばいいわ」

母がそう言ってくれたのもあり、ますます勇気づけられた。

なんと家からそう遠くないところで、井上直久先生が

絵画教室を開いているという。

そうだ、治ったら、私はこの先生に会いに行こう、

そして絵を習おう。

ぱっと心に灯がついたように思った。

 

それから一年が過ぎたころだったか、

井上直久先生がジブリの「耳をすませば」の映画の中で

「バロンのくれた物語」の背景画を制作されたと聞いて

映画館へ行った。

耳をすませば [VHS]

読書が大好きな中学生の月島雫と、

ヴァイオリン職人を目指す天沢聖司

夢に向かってイタリアに旅立つ聖司に刺激を受け

雫は、自分の夢を賭けて一作の物語を書く。

その作品が「バロンのくれた物語」。

映画の中で、雫は自分の書いた物語の中を旅する。

その時の背景を描いたのが井上直久先生だった。

 

感動した。

雫と聖司のほのかな恋心や

夢を追うまっすぐな気持ち。

そして、スクリーン上で観る井上直久先生の

不思議で幻想的な世界観。

ますます私は井上直久作品にのめりこんでいった。

「借景庭園Ⅲ」(版画展ポスター)

 

 

が、その後、すっかり体が元気になり、学校へ行くようになり、

様々なことが元通りになると、

不思議なことに画集を開く回数も減っていった。

中学に入り、卒業するころには、画集は本棚の奥にしまいこまれていた気がする。

それでも、井上直久先生のその画集は

私のこれまでの人生で一番つらかった時期を乗り越えさせてくれた

大切な一冊として、ずっと大切にしていた。

だから、20年以上も経って、大阪を離れ、埼玉に引っ越すときも

これだけは、と、段ボールに入れて持ってきた。

 

浦和の伊勢丹の美術画廊で観る井上直久先生の作品の数々。

あんなに夢中になって観た絵は

紙に印刷された画集のものだけで

実は、本物の絵を観ていなかったことに今更ながら、気づいた。

井上直久先生にしか出せない深く、不思議で美しい色合い。

じっと観ていると、その世界に吸いこまれていく気がするのは

小学生のころと何も変わらなかった。

そうだ、あの頃、私は毎日夢想していた、

いつかこの商店街に迷い込んだなら、めげゾウ(※)に会って、

買ったら自分から後をついてくる石や

きらきらした夢の原石のかけらを買おうと。

そういう夢想で、自分を励ましていたことを思い出した。

私の逃げ場所を作ってくれたのだともいえるかもしれない。

 

「スターシップの店」 (1993年)<イバラード博物誌

 

※めげゾウ・・・イバラードに出現するという伝説の動物。体を丸めた灰色のゾウで、めげているような姿が印象的。)

 

 

 

商店街の大きな絵も展示があった。

それを観ていると、ほんの一瞬、あの頃の自分が

そこを歩いているような気がした。

アラフォーになった私と、小学生だった私。

一枚の絵を通して会えた気がした。

心配しなくていいよ、ちゃんと元気になるから。

ちゃんとオバサンと呼ばれる年になるまで生きて

幸せに笑ってるから。

あの頃の自分にそう言ってあげたかった。

 

略歴を見ると井上直久先生は、何度も海外に写生旅行へ行かれ

国内外で個展を開き、精力的に活動されている。

いまは、中学の国語の教科書にも随筆が載っていて

美術の教科書にもその作品が載っているそうだ。

いまの中学生たちは、井上直久先生の名前と絵を、

学校で習って知っているのか、と思うと

とても嬉しかった。

 

美術画廊には、中学生くらいの女の子を連れた家族が来ていた。

女の子は何度も小さな画廊を観て回って、

展示されている本を読んで、また再び作品を観て回っていた。

「すみません・・・」

かなり長いこといるのだろうか、お母さんが

画廊スタッフに謝っている。

「いいんですよ、先生の絵が大好きで

何時間も、半日ちかくいらっしゃるお客さんもいるくらいなので」

井上直久先生の作品は、いまもたくさんの人を惹きつけているんだ、

その中には私のように、辛い時期を救われた人もいるだろうなあ。

そう思うと、また嬉しかった。

「多層海麗日2020」(版画展ポスター)

 

今日、偶然、伊勢丹へ来て、たまたま広告を目にしたこと、

この版画展を観られたということ。

そのめぐりあわせに、不思議なものを感じた。

帰ってから、本棚の奥から画集を取り出した。

何度も何度もめくった画集。

そうだ、この画集を開けば、いつだって私は、

あのころの自分に会える。

やせっぽちで、自分に自信がなくて、体も弱くて

わがままで、後ろ向きだった私に。

いまの私に会ったら、あのころの私は、

どんな顔をするかな?

がっかりするか?それとも怒り出すか?

それとも、困惑するか?

画集を閉じるころ、私は思っていた。

あのころの自分が喜ぶような自分になりたいなあと。

それは、すごく難しい気がするけれど、

せめてあの頃、私が手にしていなかった

「健康」と、「頑張りすぎず自分を大切にすること」だけは

大切に生きていきたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

井上直久先生の書籍>

 

 

 

 

イバラード物語: ラピュタのある風景

虹化石の街へ―井上直久画集

思い届く日―イバラード博物誌〈6〉

旅誘う光の粒

ジブリの森の映画 星をかった日 パンフレット ジブリ美術館限定

 

<過去記事>

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