江國香織さんの本を買うということは、
「本を買う」というより「空気を買う」と言ったほうが良い気がする。
文字が書いてある紙の束を買うというよりは、
文字と文字の間の余白に漂う、ゆったりと流れる独特の空気感を。
向う見ずな幸福と、熱い熱い空気が流れる
「うんとお腹をすかせてきてね」。
ただ純粋に恋する気持ちに正直であり、
相手を強く求める欲望に従順であることの大切さに
気付かせてくれるラブストーリー。
海の風や波の音、日向の匂いが溢れるように感じられる
美しい描写で満ちた「サマーブランケット」。
「世界からはずれてしまっていた」女の子が主人公の「ジェーン」。
人との出会い、そして別れ。
一生のうちで、一時の短い時間を共有した、もう二度と会わない人々。
別れがあるから一瞬一瞬は輝かしいのかもしれない、と、
そんなことを考えさせられる、切ない一編。
こうして思い返してみると、
この短編集はドロップスの缶のようだ、と思う。
いろんな色の、いろんな味のドロップスが詰めてあって、
どのドロップスも様々に美味しい。
はっとするほど、変わった味がするわけでもなく、
輝かしい見た目の美しさがあるわけでもない。
何も特別なことがあるわけでもないのに、
口に入れればその度に、
ゆっくりと静かに身体中が満たされていく。
懐かしいような、切ないような、温かいような、
それでも少し冷たいような・・・微妙な温度の空気で。
そのあまりの心地よさに、そっと目を閉じてみると、
いろんなものが見え、いろんなものが聞こえる。
例えば、波の音。
砂のざらざらした感触。
日向のほっこりとした匂い。
頬を撫でる海辺の風。
密度の濃い夜の静けさ。
何もかもがいつもと違って見える朝の青い空気。
しなしなと降りしきる雨の匂い。
それは、確かに日常的に誰もが目にし、耳にしているものであるはずだ。
しかし、多くの人々が忙しい毎日の中で見過ごし、
どうでもいいものであるかのように
脇へ追いやってしまっているものたちだ。
その、ひとつひとつのものを、五感を全開にして感じる。
口の中でドロップスが全部とけてしまっても、
まだその心地よさ、
何かに包まれているようにほっこりと温かい感触は残る。
余韻を楽しみながら、また次のドロップスをほおばる。
缶が空になった頃は、なんとも言えない満足感が心を満たしている。
美しく、静かな後味を、そして、ふっと泣きたくなるような切なさを残して。
「泳ぐのに安全でも適切でもありません」は、そんな一冊だ。
★☆* *★☆ ☆★*
これは私が二十歳くらいのときに書いたものだ。
もう17年も前、
先日、部屋の整理をしていて、ふっと一枚、
ノートに走り書きしたこの文章が出てきた。
とても懐かしく、
二十歳のころの自分が見ていた景色、
周りにいた人々、雑多な悩みや不安、幸せな時を思い出した。
時は、過ぎ去っていく。
いま書いているこのブログを、20年後の私が見たら、
この世界は、どんなふうにうつるのだろうか。
注)当記事で使用した画像はロイヤルティフリー画像素材Pixabayから頂きました。