フランスの首都、パリ。花の都。
その美しい街で1921年から1926年、
モンパルナスの小さなアパルトマンを借り、
文章修業をしていた。
まだ、20代の青年であった。
その後、ノーベル文学賞作家となり、
文学史上に名を残す名作を次々と発表した彼は、
自殺により61歳の生涯を閉じる前年まで
この「移動祝祭日」を執筆していた。
ヘミングウェイが自ら命を絶つ直前に見ていたものとは、
なんだったのだろうか。
今回は、最後に書き記した作品、「移動祝祭日」について書くことにする。
1.パリが舞台!修行時代のヘミングウェイ
ヘミングウェイは、多くの国を旅し、たくさんの場所に居を構えた。
そして、フランスのパリ。
20代のころ、まだ作家として無名だったヘミングウェイは、パリで貧しかった。
いつも空腹で、小銭を浮かすために昼ごはんを抜いて
パリの街を歩いていたという。
けれど、空腹は感性を研ぎ澄ます、とも彼は言う。
おいしそうなカフェのウインドウを見ながら、
リュクサンブール美術館へ入って行く。
「もしおなかがからっぽで腹ペコだったら、絵はすべて、鋭くなり、いっそう明らかに、いっそう美しく見えるのだった」と彼は書いている。
いろいろやりくりしながらも、
モンパルナスの自宅からほど近いカフェ「リラ」に席を陣取って、
朝からひたすら創作に励んだヘミングウェイ。
「いくつかの節(パラグラフ)を書くのに、ふうふう言っているのでは小説なんて書けやしない」
「ひとつの節を書くにも大変な時間がかかる」
と、苦労しながらも、パリの美しい街で、
様々な人々に刺激を受けながら、執筆を進めるのだ。
のちにノーベル文学賞作家となる一人の青年の文学修業時代が描かれる。
モンパルナスを中心に、
パリの数々のカフェ、書店、美術館が登場する。
サン・ジェルマン通り。
作家を志す青年が過ごした1920年代のパリが
色鮮やかに描かれる。
また、ヘミングウェイがパリに住んでいた頃は、
一番初めの妻、ハドリーとの新婚時代でもある。
ハドリーとの仲睦まじい日々の描写も温かい。
パリの美しい街で仲良く過ごした若い二人の幸せな姿が
目に見えるようだ。
(この後、ヘミングウェイは4回結婚する)
2、パリは多くの文人、芸術家が集った場所!
それにしても、パリ。
多くの才能溢れる人々が集った場所。
パリの街の上を、どれだけ多くの才能が歩いたのだろう?
ヘミングウェイは、名だたる作家や著名人、画家たちと交流し、
自らの感性を磨いていく。
ガートルード・スタイン、パスキン、ピカソ・・・
世界中から、まだ無名の若い芸術家の卵たちが、
この街に集まった。それだけの魅力が、パリにあったということだ。
あらためてその求心力には驚くばかりだ。
私が「移動祝祭日」で最も面白いと思ったのは、
「グレート・ギャッツビー」の作者で有名な
スコット・フィッツジェラルドの章だ。
旅の珍道中には笑った。
約束していたのにスコット・フィッツジェラルドが現れず腹が煮えくり返るような
思いをしたり、
スコットの車には屋根がなくて、1日10回も雨に降られて旅を中断させられたり、
いきなりスコットが、肺が充血して自分が死ぬのだと言い出して
ヘミングウェイが振り回されているのが、すごく面白かった。
やはりスコット・フィッツジェラルドのような天才は、
気がムラでワガママで、変わったところがあるものなのだろうか。
3、ヘミングウェイは、なぜ自殺したのか
とても行動派で、作家には珍しいようなガッシリとした体型と
魅力的な人柄で、交友関係も多かったヘミングウェイ。
旅や登山、釣りが大好きなアウトドア派でも知られる。
「とにかく、毎日が新しい日なんだ」
「この世は素晴らしい。戦う価値がある」
「自殺しない本当の理由、それは地獄が終われば、
人生がどれほど素晴らしいものになるかを常に知っているからである」
など、多くのポジティブな名言を残しているヘミングウェイだが
遺伝という運命には逆らえなかった。
明るく快活だったヘミングウェイは晩年、
2度の飛行機事故で思うように外出できなくなり、
うつ病を患う。
1961年、61歳で、ショットガンで自殺した。
父、妹、姉、弟、孫などヘミングウェイの血縁は7人も自殺している。
前述したとおり、「移動祝祭日」は、
ヘミングウェイが自殺を図る前年に書き上げた絶筆であり、
彼の死後、最後の妻メアリー・ヘミングウェイによって発表された。
つまり、60歳で、20代前半のパリの青春時代を回想して書いた作品だ。
30年以上前のこととは思えないほどに、
若かりし頃の苦悩や切なさ、パリの街のカフェや食べ物、軒を連ねる店の数々、
友人たちや夫婦と交わした会話、文章修業への情熱と苦しみなど、
鮮やかに、細かいことまで詳しく、そして繊細な感性で描かれている。
パリで交流していた人々の何人かは、もう連絡をとっていなかったり、
亡くなったりしていたかもしれない。
そうでなければ書けないのでは?というような、
ちょっと意地悪な視線で書かれている章もあったりして、
文豪の人間味も垣間見れる。
最後に本当に書きたかったものは、何だったのか?
若かりし頃、懸命にペンを走らせ、創作に明け暮れた日々は、
死ぬ前にどうしても、この世に書き残しておきたい
大切な思い出だったのだろうか。
多くの才能溢れる人々が集まり、彼らを魅了したパリ。
無名時代の日々が綴られた哀愁あふれる本作は、
ヘミングウェイが最後に私たちに残してくれた
最高の贈り物だ。
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